ある禁猟区に——どこのだかは忘れたが 一頭の山羊がいて - 角が長い奴だった 狼と一緒だったが、狼の鳴き真似はせず メェメェと歌うは、山羊の歌ばかり そして温和しく草を嚙んで腹を肥やしてた 悪い言葉は一つも使わず 知恵の出ること、雄山羊の乳の出る程度 だが害を及ぼすこともさっぱりなかった 湖の畔の牧場で暮らし ひとの領分を犯すこともなかったが この温和しい山羊さん、見つかって 贖罪の山羊に選ばれてしまった 例えば熊が、乱暴者で詐欺師の熊が 悪事を働く——熊らしく すると山羊が連れてこられて打たれるのだ 角のそのものや角のあいだいを もちろん山羊さん温和しく、この暴行に酎えていた 打たれても晴れやかで誇らしかった 熊でさえ言った - みんな !立派な山羊だぜ 英雄的な人物だ - 山羊の手本だ! 山羊はみんなに大切にされ 森の中に法律さえ発布され 禁猟区の外にさえ 出ていいことになった、贖罪の山羊は 山羊は山羊らしく走リ廻っていたが 少しづつ図々しくなってきた 妙なあごひげをたくわえて 木蔭から狼のことを畜生と呼んだりする ある時ひとの代わりに殴られて そりゃぁ狼がひとの分までくったからだが 偶然のような顔で熊の鳴き真似してみせた でも誰も大して気にしなかった 猛獣どもが喧嘩してるあいだに 禁猟区ではこんな世論がひろまった どんな熊や狐よりも偉いのは 親愛なる贖罪の山羊さんだ、と これを聞いた山羊さん、実際にお偉いさんになっちまった おい、君たち、 おい、こら !と呼ぶ 狼の食料は減らす 熊の特権は廃止する 森中に本当の山羊の姿を見せてやる いろんな法令を発布して取り締るぞ 違反者は角にひっかけて振り回し 世界中の見せしめにしてやろう 誰でも俺の許可なしに 地上のものを食ってはいかん 誰に罪を着せるかを決めるのはこの俺だ 贖罪の山羊とはそういうものだ ある禁猟区で——どこのだかは忘れたが 山羊の生きざま昔と違う 狼と一緒に暮らし、狼ふうに吠え立て 今やその鳴き声、熊そっくりだ                
© 宮沢俊一. 翻訳, ?